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放射線物質は東葛地区に降り注ぎ私が住む我孫子市もホットスポットとなった。大気中の放射線量の測定が、急速に広がった。私はビオトープ水田の代表や有機野菜などを作っている関係でガイガーカウンターを自治体より先に購入した。
手賀沼をのぞむ通りに、ビオトープ水田と無農薬野菜を作っており、野菜に関しては自給自足を続けてきた。米の栄養に最適な手賀沼の水に加えて、谷津の深い縁がとても子どもの情緒教育に適していました。
私の住む東葛地区150万人が住む地域では、原発から200キロも離れているというのに相馬市より4倍も高い。チェルノブイリのときも280キロ離れた村の子ども大勢亡くなったのは知っていましたが、風向きや地形などに左右され、我々からすれば、予測を立てることも出来ず、常に線量の数値を気にしなければならないのです。
手賀沼はトライアスロンの大会が出来るくらい水は綺麗になった。緑に囲まれた沼です。手賀沼の周りには田畑があり、かつての主要産業だったと思われるタマゴなどを売る業者が細々と残っている程度で、自然が多い地域です。
だが、原発事故が起きてからは様子が一変した。我孫子市・柏市の人口も減り始め、千葉県全体でも戦後初めて人口が昨年を下回りました。自然に恵まれ、汚染が少なく空気が澄んでいる我孫子市へ引っ越して農業を始めていたので残念です。
冬はかなり温度が下がりますから、病原菌が減少します。温度差が厳しいので作物は自らをたくましく育ちます。栄養のある土にお金をかけて、根気よく雑草を抜いて、自然の肥料で大切に土壌を作りました。
耕運機まで配置して土をやわらかく保ち、ミミズのような小動物にも土を浄化してもらいます。微生物も虫も鳥もすべての生物が依存している自然農法です。手間暇かけてコストは高いが安全なおいしい野菜を自給自足していました。
長い間、有機農法の野菜を作ってきましたが、放射性物質が降り注いだため去年限り断念しました。自然農法の貴重な田畑に原発事故により放射性物質が降り注ぎ、長年育てた貴重な土地と作物が一瞬にして台無しにされました。
もう貴重な微生物もミミズも死滅したことでしょう。ビオトープ水田の代表者として無農薬野菜を子どもたちと作ってきた一人として残念無念は推し量れません。この汚染された土地がもとの状態に復活することはいつになるのでしょうか。私が生きている間では叶わないことでしょう。
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